施主の想いを形にすること。
こだわってきたことはいくつかあるのだけれど、もっともこだわってきたことがそれだ。
一口に想いを形にするとはいっても、そうそう容易いことではない。基本的なプランや形状が決まるまでに数年を費やすこともあった。
想いを形にするためにとても大事なこと。それは施主の想いがどういったものであるのかを施主にわかっていただくことだ。
施主が思い描く建築の姿。大抵の場合とても明確なイメージを伴ったものである。と同時に空間的にはとてもあやふやな場合がほとんどだ。
「ゆっくりとくつろげる家」「一日中明るいリビング」「和風、いやモダン和風かな」「アメリカンなデザインが良い」「効率的に家事をこなしたい」「子供部屋は2つ欲しい」「子供べやは最低限でワークスペースを充実させたい」「寝室には今使っているテレビを天井から吊ってほしい」「隠れ家がほしい」・・・明確な施主のイメージ。
イメージを空間に編訳する。それが僕の仕事だ。
空間とは寸法と五感に感知できる質を伴ったとても限定的で具体的なものだ。例えば「気持ちの良いリビング」というイメージ。これを空間に翻訳するとこうなる。
「天井高は少なくとも2,700mmは必要か。吹き抜けていた方が良さそうか。いや施主のこれまでの言葉から包まれている空間に落ち着きを感じているようだ。ならば天井高は低めか。いやそれだとただただ圧迫感があるだけになるかも。ならば吹き抜けと低い天井を組み合わせたリビングにしたらどうだろう・・・」
このような思考を巡らせて一応の翻訳空間を作成する。次に、翻訳した空間が施主のイメージに適っているのかどうかを施主と共に検討する。
この作業を執拗に繰り返す。繰り返しの圧倒的な量だけが施主に自身の想いを理解していただく可能性を担保する。
施主が理解する自身の求める空間と僕が理解している施主の想いが形を成した空間。それらが一致した時、ようやく施主の想いを形する基礎を築くことができる。
基礎を築いたなら次は建て方だ。柱や梁など構造躯体を建てる。具体的には、共通理解された空間に基づいて各所寸法や仕上げ材など様々なものを決めていく。
少しばかりメタアート的な文脈になってしまいわかりにくくなってしまったが、ともかく建築計画もやはり実際の建築同様、土地探しから始まり、基礎を作り建て方、仕上げ、各種設備工事といった段階を順に踏んでいく必要がある。
施主との共通理解を得た空間を見つけ出せたことはとても素晴らしいことだけれど、フェーズ的にはまだ基礎工事の段階だ。この先のフェーズはまだいくつもある。
施主の想いを形にすること。
そのためにはこのようにとても困難な道程を歩むことになるのだけれど、少なくとも僕が知る施主の想いを形にする方法は極めて非合理的でアナログなこの方法だけだ。