収入源を一つにするというリスクが顕在化し、多様な働き方が求められてきている昨今。「SOHO」も一つの選択肢として、考えられている方も少なくないのではなかろうか。
そこで、今回はSOHOのある住宅のプランについて考えてみることにしよう。
目次
SOHOとは
まず、SOHOとはなにか。Small Office/Home Office(スモールオフィス・ホームオフィス)の略語であるSOHO(ソーホー)は、一般的には小さな仕事場や自宅で働くといった形態を示す言葉だ。同時に先の仕事場自体を示す言葉でもあり、そこで働く人のことを示す言葉でもある。要するにまだきちんと確立してはいない言葉だ。僕がSOHOという言葉を使うときは、自宅にある小さな仕事場という意味で使うことが多い。
職住一体な生活。SOHOのある暮らしは今に始まったものではなく、実はかなり古くからある生活様式だ。現在は一般的である職住分離した生活は近代以降に普及した生活様式であり、人類にとっては比較的新しいライフスタイルだ。
歴史的文脈で見ると、近代以降生活空間から分離された空間は職空間だけではない。冠婚葬祭も分離され、住宅は住居専用の空間となっていった。
ここで昔は良かったから近代以前の生活に帰ろうなどと謂うつもりはない。近代以降の生活空間の移り変わりは、それ相応の要因があってのことなのだから。生活空間の変換は原因ではなく結果だ。人々の生活様式の変化に伴い生活空間は移り変わっていっただけだ。
ともあれ、僕が言いたいことは、SOHOに対してなにも気構える必要など全く無いということだ。SOHOは最先端の住宅空間ではなく、古くからある人類にとってとても馴染み深いプランなのだから。
SOHOのある家のプランを決める要素とは
では早速SOHOのある家のプランを見てみよう。
SOHOはプランの一番上にあるスペースだ。エントランスの上にある。
このプランの1番の特徴は、「SOHO」から「小上がり」まで一直線に繋げている「通り土間」と書かれているスペースだ。
「通り土間」にはこの家のスペースがほぼすべて接続している。SOHOから始まりエントランス、シューズクローゼット、トイレ、洗面、風呂、倉庫、キッチン、居間。最後に小上がり。
「通り土間」の機能は廊下としての役割だ。ただ、この役割は結果として持つに至った機能に過ぎない。つまり廊下以外の機能、例えばキッチンやリビングといった機能を「通り土間」がもつ可能性もある。
では、そういった可能性を制限し、何が「通り土間」の役割を廊下機能に限定したのか。
それは距離感だ。
生活のなかにある距離感
「通り土間」の幅が広がると、「通り土間」にリビングなどの機能が含まれることになる。すると家には「通り土間」空間のみが存在し、その中に溶け込んだリビングなどの機能は、明確で独自の輪郭を保持した領域を持たない、無記名で固定されていない流動的なスペースとして漂うことになる。この大きなワンルーム的なプランの中で、例えば夏は北側にリビングを設定し、冬には南にリビングを設定する。遊牧民的な生活空間。その中にはSOHOも漂っており、家の中にいながらノマドワーカーといった具合になりそうだ。
「通り土間」が狭くなると、そこに収まりきれなくなったリビング等の機能が滲み出てくる。あらゆる機能が溶け込んだ培養液たる「通り土間」が、潮が引くように、静かにその領域を縮小させていくと、何らかの触媒の作用により培養液の中で結晶化したリビングなどのスペースが明確な輪郭を持って立ち現れる。
何らかの触媒とは。それは距離感だ。
「通り土間」の幅を決める主な要因は生活空間に置ける距離感だ。例えば、リビングとキッチンとの距離感。居間とトイレとの距離感。玄関とダイニングとの距離感。風呂場と寝室の距離感。生活空間を構築する上で、考慮すべき距離感はいくつもある。
逆に言えば距離感を配置していくことが生活空間を構築する行為とも言えるだろう。
距離感を決める
そして、それはSOHOを配する際にも当てはまる。家の中でSOHOスペースを造ろうとしたとき、大抵の場合、まず問題となるのが、生活空間との距離感だ。
距離感を決める要素は主に気配だ。
気配は聴覚や臭覚、視覚によって感知されたものだ。その気配の中でも聴覚によって感知されたもの、つまり音は距離感を決める上で大きな要素となってくることが多い。そこで、ここでは音を気配とは別にきちん考慮する項目としてあげておく。
よって、距離感を決める要素は主に音と気配ということになる。
音=聴覚
まずは音について。生活から発生する音と仕事から発生する音。これら二つの音との関わり方をどうするのか。それを決めることにより生活空間とSOHOとの距離感を決めることができる。
例えば、子供の声。仕事モードに没入していても、つい子供の声には敏感になってしまいモードが解かれて困ることもあるだろう。あるいは、子供の声が聞こえないところでは心配になって仕事が手に付かないということだってあるだろう。
例えば、夜にかかってくる仕事の電話の呼び出し音。夜の8時過ぎにかかってくる仕事の電話。せっかく寝付いた子供を起こしてしまうことだってあるだろう。あるいは、そもそも夜の電話は鳴らないように設定しているから構わないということだってあるだろう。
例えば、リビングで見ている映画の音。映画が気になってしまい仕事が手に付かないこともあるだろう。あるいは、そもそも何かしらの音がないと仕事に集中できないので、映画の音は寧ろ大歓迎ということだってあるだろう。
生活から発生する様々な音。親子の会話。テレビの音。掃除の音。歓声。怒声。鳴き声。歓喜。人や家電製品などから、様々な音が様々な思いから生まれてくる。
仕事から発生する様々な音。作業する音。電話の音。打ち合わせなどの話し声。盛大な独り言。気分転換を計る音。人や道具などから、様々な音が様々な思いから生まれてくる。
これらの音とどのように向き合うのか。遮断するのか。許容するのか。歓迎するのか。もしくはその全て、遮断、許容、歓迎を時と場合、もしくは気分で切り替えることを可能とするハード的な何らかの設備を必須条件とするのか。その向き合い方により生活空間とSOHO空間の距離感を決めることができる。
気配=聴覚+視覚+臭覚
次に気配について。生活から漂う気配と仕事から漂う気配。これら二つの気配との関わり方をどうするのか。それを決めることにより生活空間とSOHOとの距離感を決めることができる。
例えば、子供の気配。仕事モードに没入していても、つい子供の気配には敏感になってしまいモードが解かれて困ることもあるだろう。あるいは、子供の気配を感じられないところでは心配になって仕事が手に付かないということだってあるだろう。
例えば、夜に何やらゴソゴソと作業している気配。片やしっかりと寛ぎたい気配。お互いにお互いを煙たがることもあるだろう。いやいや全く気にならない。寧ろ気配を感じないと落ち着いて仕事もできないし、寛ぐこともできないということだってあるだろう。
例えば、リビングで集まっている昔からの知人たちの気配。遠方からきている知人もいる。旧交を暖め合う濃密な気配の傍で仕事などできるはずもない。断じてない。
距離感が決まる
「いずれにせよ、この家にはまだ小さな子供がいる。SOHOでの仕事は夜の10時くらいまですることもざらだ。であれば、寝室とSOHOとの距離は互いの気配を感じないくらいのサイズで必要になる」
「とはいえ、仕事をしながら寝ている子供の様子を確認しなければならない状況もある。その場合はモニターで確認できるようにしよう。ともかく寝た子を起こさないようにすることが肝心だ」
「夫は仕事中に音楽を流している事が多い。しかもかなりの大音量で。さらには私と音楽の趣味も異なる。なのでリビングやキッチンからSOHOとの距離は音を遮る程度のサイズが必要。遮る事ができるのであれば防音の壁でSOHOを取り囲む事でも代用可能」
「僕が仕事するとき、とにかく独りになる空間が必要。なので生活空間とSOHOとの距離はあまり家族の気配を感じない程度のサイズとしたい」
「なにかしら夫と会話をする必要がある事が多い。なので生活空間とSOHOとの距離は会話が可能なサイズとしたい」
・・・・・
音と気配に関わるこのようなやり取りの膨大な蓄積から距離感が決まってくる。
SOHOのある家のプラン
もう一度、SOHOのある家のプランを確認してみよう。
最終的に決まった距離感によって、SOHOと生活空間はこのように配置された。SOHOの配置はほぼ「離れ」と言っても良い程度には生活空間と距離が設定されている。それでもそれぞれのスペースから廊下にひょこっと顔を出したとき、お互いを呼ぶ声は届き合い、会話らしきこともある程度は可能だろう。
エントランスは家族用と仕事の来客用とを兼ねている。仕事の来客はそれほどないので家族のエントランスと共用しても問題ないだろう。寧ろ、日中SOHOにいる人が家族の来客にも対応できるので、SOHOとエントランスは隣接している方が望ましい。
家族はこのエントランスから家に入るとエントランスの下にあるシューズクローゼットに入り、靴を脱いだ後、廊下にでる。仕事の来客はエントランスで靴を脱ぎ、SOHOにそのまま行くこととなる。
SOHOとエントランスを一体の空間としても良いだろう。SOHOはよりゆったりとしたスペースとなるだろう。客からの目線が気になる向きもあるだろうが、SOHOスペース自体もある種の広告スペースと考えれば、客の視界に入ることはマイナスではないだろう。
1階プランの一番下には居間がある。客室も兼ねるこの部屋はSOHOからもっとも離れた所に配置されている。
ちなみに、この家の居間を含めたリビングは、いくつかのスペースの集合体となっている。居間とその左にあるデッキ/オープンエアリビング、そしてデッキの上にあるダイニングキッチン。さらには居間の右側にある小上がり、およびその間にある廊下。こららのスペースの集合体がリビングだ。これらのリビングもそれぞれの距離感によりこのように配置されたのだ。
最後に
SOHOという、通常の家造りにはあまり入ってこないファクターを伴うプランニングをする際に、考慮すべき項目は距離感であるということをこれまで述べてきた。
ただし、SOHOというファクターがない場合の家造りでも、同じように考慮すべき項目は距離感である。つまり、どのようなファクターが追加されたところで、家造りに置ける考慮すべきポイントは変わらないのだ。
家造りは色々と考える事が多岐にわたり、なかなか難しく思える事が多い。ましてや通常の住宅と異なるものを建てようとする場合は尚更だ。だが、よくよく考えればそれほどややこしいことはない。今回のSOHOのプランニングでもそうだが、決めるべきポイントは割と限られてくる。
まずは自分の求めるものを明確にすること。それにより距離感が明確になり、自ずと自分望む家の形が現れてくるはずだ。まあ、自分の求めるのものを明確にする作業が一番難しいとも言えるのだが。
そういう時は、私どものような設計事務所に相談するのが早道だろう。施主の思いを形にするのが設計事務所の役割の一つでもあるのだがら。
駆け足になってしまったが、SOHOのある家についてざっくりといくつかの話をさせてもらった。どうだろう。SOHOのある家を検討している方の参考になれば良いのだが。