基本計画を開始したのは確か2004年の春だったかと思う。着工は2007年6月。竣工は2008年3月。まるまる4年を費やしたこの住宅計画は我々設計事務所ディ・アークが最初に手掛けたプロジェクトになる。そしてこのプロジェクトはディ・アークの今後の方針を決定づけることとなった。
「施主の想いをかたちにする」
僕にも建築的な野望はあり、実現したいプランやデザインがある。このプロジェクトが始動した当初、僕が良いと思う建築を実現させようと目論んでいた。施主の想いや希望を僕なりの解釈で空間に翻訳し建築化することを。
これには自分の欲求を昇華させる意図もあったが、それ以上に僕が最良と思える建築の実現が施主の利益に繋がると考えていたからだ。
当たり前だが、施主よりも僕の方が建築のことを知っている。その僕が良いと思いえる建築を実現させることより他に施主にとって満足のいく建築を実現させる手段はない。そう思っていた。
だけどいつからだろう。気がついた時にはそのような目論見はすっかり影を潜めていた。いつの間にやら僕が良いと思うことを実現すること以上に施主が良いと思えることを実現させることを最優先事項としていた。それが僕には到底受け入れがたい考えだったとしても。
もちろん現実的、実際的にやめた方が良いと判断できること(その多くは寸法にまつわること)や正解があるような事柄(水回りの仕上げに腐りやすい材を使わないなど)に対して施主の判断が間違っている場合には、きちんと施主に伝えなければならない。
しかし、建築は正解のある事柄だけで成り立っている訳ではない。
例えばこのプロジェクトにおける施主の主要な希望の一つに「アメリカンな住宅を建てたい」というのがある。正直僕はそのような価値観に共感できない。だけどそれは全く不正解な希望ではない。そもそもこれは正解、不正解をパシリと貼り付けられる事柄ではない。あえて言えば正解中の正解だ。僕に共感できないだけだ。
そのような正誤のレッテル貼が不可能な事柄を僕はそのまま受け入れることにしたんだと思う。そのことによる弊害よりももたらせれる恩恵の方に僕は惹きつけられた。弊害は僕のデザイン不成立。恩恵は施主の幸福。
建築をデザインする仕事は翻訳作業と似ている。施主の希望や僕の建築的野望を建築空間に翻訳する。オリジナルの物語があり、それを建築の物語に翻訳する。
僕が望んでいたこと。それは施主の希望で溢れた物語を僕のテイストで溢れた建築空間に翻訳すること。そして翻訳された物語がオリジナルの物語を遥かに超越したものだと誰もが認めざる得ないような。そのような翻訳をしてみたいと思っていた。
だけど、僕の望みは途中からすっかり変容していた。施主の希望で溢れた物語を施主のテイストで溢れた建築空間に翻訳する。つまり翻訳家としての僕の個性や欲望を限りなく封印し施主に憑依された状態で施主の持たない翻訳技術を縦横無尽に繰り出し施主の望む物語を建築空間に翻訳すること。それが僕の望みであり方針となった。
これは今も建築デザインプロジェクトを遂行するうえでとても大切にしている方針でありディシプリン(自分たらしめる規律)であり続けている。
目次
概要
- 場所 岐阜県中津川市
- 構造 木造
- 規模 地上1階
- 面積
- 敷地 449.79m²
- 建築 136.49m²
- 延床 149.84m²
- 竣工 2008.3
Dis-Code TRANSLATOR
正直に云ってしまえば、僕はこの話の書き出しを考えるために六年っていうとっても長い時間、ごく控えめに云っても長いと思うのだけど、とにかくやたらと時間を費やしてしまったんだ。それからこれはとても奇妙なことなんだけど、この話は君のために書きたいと思っていたものなんだ。もちろん、そう、君と出会ったのは三年前の冬だったから、なんだかおかしなことを云っていると思うかもしれないけれど、でも、本当なんだ。君に出会うまえから、君のためにこの話を書くことが僕の、大袈裟でもなんでもなく僕の使命だったんだ。
そうさ、僕も認めるよ。僕はいつも云っていたし今も云っているよ。「誰々のためにとか何々のためになんて云う奴は最低だ。少なくとも自分という存在がオートマチックに、ポンってな具合にできあがっているとなんの疑いもなく思っている奴なんだ。本人は絶対に認めないけどね。自分の女のためにとか連れのためにだとか、アフリカ難民のため、世界のため・・・そんなことを恥ずかしげもなく云う奴の気が知れない。すべては自分のためなんだ。自分という存在は自分一人でできあがるものなんかじゃない。環境を良くすることも彼女のご機嫌を伺うことも、すべては自分のためなんだ。なにかしらの見返りを求めているのさ。口には決して出さないけどね。これだけ一所懸命誰々に、何々に、世界の諸問題に、あなたに尽くしているのに、何故あなたはわかってくれないのってな具合でさ」と、そういつも云っている僕が君のためになんてなんだか矛盾を通り越して・・・ってやつだけど、だけど「君のためにこの話を書きたい」という言葉以外に僕の気持ちを表現する言葉を見つけることができない。
#00 はじまりの提案
最終的に竣工した家の風貌とは随分とかけ離れた様相を呈しているのだけれど、紛れもなく我々が施主に提案した最初の案になる。